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最近、各自治体では観光を“売り物”にする「まちおこし」が盛んです。わが東村山市でも、ご多分に漏れず「観光をと...」と息巻いています。がしかし、これで果たして良いのでしょうか?
水をさす様で申し訳ないけれど、観光地は「一朝一夕」には出来ません。長い間、コツコツと研鑽を積み、「モノ」を創り上げていくものです。その「モノ」とは、文化です。そして、文化は人が創り上げるものです。
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さて、わが市の観光資源といえば、まず挙げられるのが『正福寺地蔵堂』でしょう。これは室町時代の応永14年(1407)建立の東京都で唯一の国宝建造物です。これについては市民にもかなり知れ渡って来ています。
問題は、その地蔵堂の前にある灯篭です。実はこれは港区芝公園の『増上寺』にあったものを、戦後西武鉄道グループを経由して東村山市に運ばれたものです。当然、徳川家からの寄贈品ではありません。この灯篭の本籍地は、港区芝公園『増上寺』です。
戦後、港区芝公園『増上寺』にある徳川家の霊廟の一部を西武鉄道グループが買い取った際、西武グループは各将軍の墓に在った大名からの寄進の灯篭を今の西武球場のある所へ集めました。それを関東周辺各市へ無償供与したのです。正福寺の灯篭はその一部です。
【灯篭に記載されている文字(一例)】
奉献 石灯篭 両基
武州増上寺
文昭院殿 尊前
正徳二壬辰年十月十四日
従五位下藤堂備前守藤原高堅 伊勢久居藩(現三重県・5万3千石)
奉納 石灯篭 両基
武州増上寺
文昭院殿 尊前
正徳二壬辰年十月十四日
従五位下甲斐守藤原姓鍋島直弥 肥前蓮池藩(現佐賀県・5万2千6百石)
この文面の解説は、下記のURLを見て頂くとして、ここで確認したいのは「地蔵堂と灯篭との関係は全くない」ということです。従って、これはあくまでも切り離さなければならないものです。
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この一点を取ってみても、観光資源は“磨かなければならない”ことがよく分かると思います。この磨くことが、すなわち文化活動→文化振興なのです。
★観光、カンコウと息巻く前に、まず「観光資源を磨く」ことを考えたいものです。それも政治の範疇ですから...。
間に合わせの「人力車」などでは決して観光を語れません。
■建物は1407年の建立、灯篭は1712年の献納
(両者の関係は全くありません)
http://members.jcom.home.ne.jp/tom-itou/Fuukei5.pdf#search='増上寺の灯篭'
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